ISLIS系の神秘学セミナー

第136回 平成24年1月19日(木) 参加受付中
演題 「社会の破滅を止めるブッダの智慧 -お釈迦さまのリーダーへの教えを学ぶ-」
講師 アルボムッレ スマナサーラ 氏 スリランカ上座仏教(テーラワーダ仏教)長老 http://www.j-theravada.net

第137回 平成24年2月16日(木) 参加受付中
演題 「スピリチュアリティの研究~21世紀の人間学を目指して
-最新の死後存続研究・生まれ変わり研究を中心に-」 http://homepage.mac.com/ohkado/
講師 大門 正幸 中部大学全学共通教育部 教授、 国際生命情報科学会(ISLIS) 常務理事
 
第138回 平成24年3月15日(木) 参加受付中
演題 「人類が共に平和に生き続けるためには - 仏教経済学と実践からの一提言」
講師 齋藤 大法 氏  四方僧伽メンバー、僧侶、 医師 http://mahadharma.jimdo.com/

第139回 平成24年3月17・18日(土・日) 於 横浜国立大学  第33回生命情報科学シンポジウム 
主催:国際生命情報科学(ISLIS)、 共催: 人間サイエンスの会、などhttp://www.islis.a-iri.org 
演題・参加募集中:スピリチュアル、ヒーリング、自然治癒力、代替・統合医療、美容、健康増進、潜在能力、
能力開発、超常現象、発表、講演、体験報告、実演、実技指導、ワークショップ、など 申込: islis@a-iri.org

第140回 平成24年4月19日(木) 大会議室予定
総会(頭初10分間) 
演題 「3.11以降の新政策提言」
講師 会員国会議員有志 
山本 有二 会長 「幸福社会の実現」(仮題) 
下村 博文 幹事長 「3.11以降の人間学」(仮題)
 
第141回 平成24年5月17日(木) 大会議室予定
講師 湯川 れい子  日本作詞家協会 会長、音楽評論家、作詞家、翻訳家(仮肩書)

注意:
3月の横浜国大でのシンポ以外の、
超党派議員連盟「人間サイエンスの会」(NS)主催 講演会は、
http://NPO-IRI.org より(または下記メールより)事前参加申込、
事前振込(当日会員4千円、4月から3千円に値下げ)、
当日は、背広ネクタイまたは同等(遊び着禁止)、
参加許可メール、顔写真付公的身分証明書、振込証拠、ご持参で、
午後2:10から2:30の間に(遅刻厳禁)、
衆議院第一議員会館 玄関内左ホール中央の特設受付に、
講演は、3時~5時 大会議室(地下1階)、希望者食堂にて7時まで自主交流会(自分の食券のみご負担)

メールでの参加申込には、件名に、ご氏名と申込希望のNS会名(例:NS5/19講演会)と下記を送信:
本名・ふりがな・住所・職業肩書(具体的な社名や肩書)(主婦可)・携帯・紹介者(いれば)・連絡法・自己紹介文・ご興味・など詳細情報。

顔写真付公的身分証明書(運転免許書またはパスポート等)を
お持ちでない方は下記までメールにてご相談下さい。
nsnpoiri@gmail.com 事前受付・入館管理係 山本 景

NS準会員の方は、H23年4月からの年会費1.6万円または中途入会者は指定月割り額を、
また、平成24年4月からの新年度年会費1.2万円(に値下げ)をお振込みください。
1回参加(当月会費は各回4千円(4月からは3千円に値下げ)を事前振込)。
いずれも運営経費としてNPO-IRIへのご寄付扱い(一部)。
http://NPO-IRI.org/  
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NS会費・御寄付お振込先は、下記です:
みずほ銀行 稲毛支店(336) 普通 4049624
名義  人間サイエンスの会
団体名や複数でのお振込では、目的、内訳、対応個人名を
必ずメールでお知らせ下さい。
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# by tao-naitan | 2012-01-10 12:08 | 言行録2011 

あすの世界と日本

 これまでの私の雑多な人生の中で、いろいろ楽しい、やりがいのある仕事も結構あった。30代―40代のころの総合商社の広報活動は格好面白かった。おもに週刊誌の分野を担当、週刊誌の編集長、デスククラスとコンタクトして意見を交わすのだが、中には個人的なお付き合いに進展し、酒を飲む場所をご一緒したり、あるいは敏腕な週刊誌記者とお付き合いすることは楽しかった。いつも時流の先端、もしくはど真ん中にいるという昂揚した気分が味わえた。自分自身は大学時代も新聞会に属し、同僚先輩には日経や毎日、朝日の記者となった人もいたが、自分自身は結局なれなかった。そんな思いが、一流週刊誌の編集幹部や敏腕記者とおつきあいしていると、何か同じベースでお話しできる気がして満足感ににたものがあった。当時赤坂で飲んだりした中には、現在政治評論家となっているT氏がいる。彼は週刊ポストの敏腕記者だった。また週刊文春のMさんとは何度か食事や酒の席をご一緒し、粋な楽しい時間を過ごさせていただいた。
 このころやっていた仕事の一つに「あすの世界と日本」がある。これは日本テレビ系で毎週放送される同名の「テレビ番組」があって、その視聴者向けの広報誌を編集・取材する仕事だった。堺屋太一さんがキャスターをつとめる番組だが、広報誌でも何度かインタビューした。超多忙な方だったので、取材はいつも文京区の自宅からテレビスタジオへ行く間の車の中でのインタビューだった。問いに対する答えはいつも適格なものが帰ってきた。この広報誌では毎号。当時のオピニオン・リーダーとみられる方にインタビューした。山本七平さんには市谷の山本書店の、本に埋もれた空間で2-3回お会いした。また経団連会館で行われた「シンポジウム」の講演にもお願いすると電話1本で快諾してくださった。知恵の深い方だった。慶応大学の石川塾長や駐米大使だった大河原さんは独自の話の面白さは当然ながら、その人品骨柄の品性の高さに思わず頭のさがる思いがした。現在は女流評論家のトップとなられた桜井よしこさんも何度かインタビューさせて頂いた。この仕事は約8年間続いたが当時のオピニオンリーダーにお会いでき、インタビューを通じて謦咳に触れることが出来たのは楽しく自分にも資する仕事だったと思っている。日本が世界に出て行くために、世界の諸事情を映像を通じて伝える必要があって生まれた番組だったが、日本が世界のトップになるにつれ、伝えるべき内容がなくなり番組は終了した。

# by tao-naitan | 2011-12-10 11:41 | 言行録2011 

意念の力

 「仙道」の上達には意念の力の発達が欠かせない。「小周天」でも「大周天」でも、あるいは「大薬」「後天意識の滅却」にしろ結局は意念の力が左右する。それをやしなうには「仙道」の教程を一歩ずつ上っていくよりないが、第四段ぐらいになると、「光」「白光」の修練も「意念」を飛躍させる力を持っているように思われる。最初は「神光普照」で頭部から白い光があまねく体内に差し込み照らすイメージ。それが普通に現れるようになれば、体内から白い光が輝き出し、あふれ出て天頂から体外に光が後光のように輝き出すイメージ。次いで「第三の目」から光が地上をあまねく照らすイメージ。現実にそれがあるというよりも意念の力が作り出したイメージ。その恍惚とした光の中にしばし身をゆだねることは「仙道」の至福のひととき。800歳まで生きたという伝説の仙人・ホウ祖は気功の名人だが、「体の中の痛いところを取るには、気を800回廻らせればいい」という意味のことを言っているが、太古の医療も何もない時代に、ただ身体と大気のみでどうやって治療するかをあれこれ工夫して編み出して行ったに違いない。800回というのは少し大変だが、200回を4回と考えればそれほどでもない。それより、この修練によって「意念の力」が備わり、発達していくことは間違いない。

# by tao-naitan | 2011-11-29 18:05 | 言行録2011 

試練

 「仙道」をやっていて、気づくことは、やはり節目節目で天の「試練」があるのではないかということだ。それは、あとであれが「天の試練」であったかと気づくこともあれば、その最中にあって自ずから気づくこともある。仕事上の試練として目の前に現れることも、あれば家庭に関する試練の場合もあり、対人関係の場合もある。「仙道」をやったからといって、「帝財法」や「超能力」のようにうまくいくわけではなく、むしろこの人物が本心から「仙道」をやろうとしているのか。わずかな困難があれば、「仙道」を捨ててしまわないか。それを「天」はいろいろ試しているように思える。そしてひとつひとつクリアして一層「仙道」の本質に近づく。それを無事乗り越えたものだけが、甘美な「桃」の果実を味わうことができる。その意味で私はいま最後の、最大の試練に出くわしていると思っている。あるいはそれは私の勘違いかも知れない。勘違いであってもいいのである。それ以外にどういう道がある。不幸にも体内で成長しようとする「寄生生物」が目を覚ましたが、きわめて慎み深い「寄生生物」で遠慮がちにゆっくりと生きている。そのエネルギー源についてはほぼ突き止めた。だから「根治」を望まなければやれる相手だと思う。よく似た生態をもった癌に「腹腔偽粘液腫瘍」というのがあり、内蔵にまとわりついて成長する。いったいなぜこんな名前がつけられているのか。粘液状の腫瘍となって、胃、肺臓、肝臓など内臓にへばりついて成長する。ほとんどの患者は巨大化するまできづかない。これはいま内科的方法で治療が進んでいる。やはり「根治」というよりは共に生きて大きくなれば摘除する手法だ。この方法を援用しても「脊索腫」はいいのではないかと思っている。ところで「試練」といえば、これも何かの関連か。あるいは単なる偶然か。いまだに理解できない、オカルト的な出来事がふたつあった。ひとつはよく行っていた湯河原温泉の宿から歩いて5分のところにF滝という滝がある。そこへ霊感のつよい友人と行ったこと。F滝の奥まったところをバックに写真を撮ってあとで見たら、かなり大きい強いひかりの光体がまるで歓迎するように写っていて、まるで出迎えてくれた感じがした。友人は頭が痛くなり、その場所を離れて道路脇にうずくまってしまった。その後自宅で寝ているとき、壁にかけてあった。金縁の大きな洋画の額が、絶対にありえない力学で、つまり、右に1メートル飛んで大きな植木鉢を倒し、さらに左に1メートル飛んで習字の筆架をなぎ倒足しし、さらに2メートル左に飛んで私の枕元に落ちた。その頃急に無性に動物的に肉が食べたくなり、大きな蛇が改札を出てくる夢をみた。私はF滝の件もあり、龍神が関係していると思い、龍の置物を置いてお祀りした。もうひとつは2008年吉野山の桜を見に行ったとき、前もって「掲示板」ですすめられ、「吉野へ行くなら脳天神社へ行けば」「行きます」と書いた。しかし吉野山に行って、脳天神社へ行こうとしたら、道ははるかに険しく足が弱っていた私には無理と思われ、帰りの電車の時間がなく、そのまま下山した。そして電車を待っていたとき、突然デジカメのレバーがうごきだし前日撮った京都の写真も含め「全消去」されてしまった。デジカメはなが年にわたり、仕事でも使ってきたが、こんなことは一度もなかった。後日脳天神社のお札をいただき、丁重におまつりした。結局こういった霊体は自分を利用しろと提案してくれているのであり、それに気づかないでいると、何らかの超常的現象が起こるのではないか。

# by tao-naitan | 2011-11-28 11:23 | 言行録2011 

 後悔せず

こうして見てくると、一体何が本職なのか。いぶかられる気がするが、これが「人生」(のひとつ)なのかも知れない。幸せな人生とはきっと、大きな会社に就職して社内競争を勝ち抜いて、幸せな老後を迎えるということかも知れない。大きな会社でなくとも、中堅会社であっても、そこで最後まで過ごし、幸せな老年を迎えることかも知れない。しかし私には多分それは出来なかっただろう。体の中から湧いてくる熱のようなもの。それが平穏な人生をよしとしなかった。さまざまな苦渋があり、稚拙な選択もあったが、それはそれで「よし」としなければならない。「わが事において後悔せず」である。そんなはちゃめちゃな人生の多くの部分で常に同道してくれたのは「仙道」とわが友人。これには深く感謝しなければならない。とはいっても、私の人生は終わるわけではない。前に述べたように4500万人に一人という難病になって左足が歩行困難となり、この3年間仕事をせず生きてきた。仕事がなくてもどうやら生活してきたことは逆に自信となる。「新エネルギー」のやりかけの部分を推進してみたい。不動産やフリーライターのような仕事でもやっていける見通しがついた[。資金が貯まればもう一度「遠赤外線セラミックス」にも挑戦したい。またこの難病「脊索腫」はその実態も治癒方法も不明だが、それを衆知を集め解決し解明したい。その目途はついている。これは「癌」の中に分類されているが、むしろ「新生物」の類だと思う。仙骨から「脊索動物時代」の遺物が目覚めて人間の体の中に卵子を生みつけ、それが成長して下肢や臀部の間質細胞の中に入り込む。いわばエイリアン。しかし成長は遅くそれほど悪質ではない。骨盤部分に生みつけられた卵を医学では腫瘍とみなしているが、腫瘍ではなくこれが大きくなって直腸の機能を邪魔し排泄関係に影響を及ぼすぐらい。あとは成長して下肢などの間質部分に入り込んで血行を妨げ抹消血管を破壊する。それだけの事でこれまで専門の研究者がいなかったのでその対策も講じられていない。この新生物は、通常のがん細胞のように人間の血液をエネルギー源としているわけではないようだ。そうではなく「酸素」をエネルギー源としていると見られる。これは日本がんセンター東病院の前院長の説で実際同様に「酸素」をエネルギー源とする寄生虫駆除の薬が効く可能性がある。前院長にお教え頂いた成分をもった製剤を服用すれば1回で「脊索腫」の卵とみなされるものが大量に体から出てきた。この線を追い、同時に最新医療である「リニヤック」放射線装置やあるいは「血管再生医療」を加味していけば何も恐れる物ではない。これまでは医師が専門的に取り組まなかっただけで、ただ「仙骨全摘」手術を一つ覚えでやっていただけでこの方法での成功例はほとんどない過酷なものだった。その意味で来年は「研究会」を立ち上げ、「学会」を組織して関連のある医者に加わってもらい、実態の解明と治療法の開発に向かって一歩を進めたい。それにしても、私の「仙道」修行は「六通」の段階には達しているが、いまだ「虚空粉砕」には達していない。日夜この「虚空粉砕」に向けて修練しているところだ。それにしても、同時にますますオカルト的な手法も多くなってきている。これは表現するにはあまりに非科学的で非日常的な手法で、現実に実証されているのか試す手立てもない。しかしこれも「仙道」の一部と言わざるを得ず確信を持って進めていきたい。もしそれが少しでも成功の方向に向かい自信を持つ事ができれば、「仙道的がん治癒セット」として4-5本の手法を組み合わせたものを作り上げることも出来る。「信ずる者は救われる」の世界だが。もともと「仙道」は山中に入った修行者が降りかかる多くの「魔」「病魔」と四苦八苦して取り組み、医術も先進医療も何もない中で「無手勝流」で仕上げてきた手法が伝わったもので、何らかの意味を持っている。それが「有効」になるのは修練者の意識がどれだけ「天地」を動かせるかにかかっている。 

# by tao-naitan | 2011-11-24 14:21 | 言行録2011 

文筆で食いつなぐ

 不動産の世界は結構スリリングなものがった。しかし銀行の不良債権処理も進んで行って物件も小粒になっていったし、そういう物件は最後は大手不動産業者との戦いになることが多く成約は難しくなっていった。私はまだ仙人にはなっていないので「霞を食べて生きる」わけには行かなかった。そこで「日銭の入る」エネルギー業界の記者になった。経産省の記者クラブにいて毎日記事を5-6本書いて終わりと言う比較的楽な仕事だった。数年して独立して今度は「新エネルギー新聞」をはじめた。スポンサーをつけ2週間に1回出す新聞を、取材、記事、編集、整理このすべてを一人でやり、デジタル版まで仕上げて印刷業者にお願いした。まさに製販一貫。どこへでも突貫して行って話題を聞きだした。経済産業省の役人、大学教授、電気・ガスなどエネルギー会社の幹部、地方公共団体の役人などさまざまな分野で独自取材した。広告営業はスポンサーとなった会社の営業がやる事になっていたが、一向に進まず2年で発行を停止せざるを得なかった。次は単行本のフリーライターの仕事だった。本を出す人の話を5-6回に分けて2時間ずつ取材し、それを単行本とするもので、元朝日新聞の記者だったK氏が主催する「東京ライターズクラブ」に所属して5-6本の単行本を作り上げた。元トヨタの優秀技術者が始めた自転車メーカーの奮戦話やリーマンショックに直面した不動産業界の様相などを仕上げた。その後4500万人に1人という難病に見舞われ、左足が歩行困難となり、こうした仕事もできなくなって現在にいたっている。この左足は「血管再生医療」で治療できる見通しがついたので来年早々にとり組む予定。ちなみにK氏は私より3年年長だったが、今年1月に癌で他界した。2月に如水会館で行われた「送る会」には元朝日新聞社長をはじめ多くのマスコミ人が集まった。生前K氏に頼まれて紹介した元大手週刊誌編集長のS氏も今年の春癌でなくなった。S氏とは何度か食事し自ずから主催する薬膳の会にも案内いただいた。S氏は「癌を切らずに10年生きる」という著書もあった。確かに10年以上は生きたがライフワークだった本の後編を書かずに亡くなった。

# by tao-naitan | 2011-11-23 17:13 | 言行録2011 

不動産の世界


 その後知人の紹介でやった仕事は不動産。それも競売物件など不良債権の売買の仕事だった。これまでの仕事とはまったく関係のない分野。しかし前々から興味のある分野だった。3年ほどしたときその競売会社は横浜のオーナーが手を引き倒産した。私はこの競売会社での経験をもとに「不良債権売買で儲けなさい」という本を書き明日香出版の社長に直接持ち込んだ。本は出版されその後もかなりいい線をいったと思う。この種のノウハウ本としてははじめての具体的なものだった。この本を見て競売業界で働きたいという日立社員もいた。私はつよく反対したが意思は固く自分で会社を見つけてきた。その行動力は買うが競売の世界は一流会社社員がそのまま受け入れられるようなものではなく、一筋縄ではいかないところがあった。その後彼は成功したのだろうか。この本を見てやってきた一人は若いアメリカ人だった。ハーバード大を出たビジネスマンで日本でのビジネス体験も積んでいた。ニューオータニに泊まっている彼の部屋で何度もうちあわせし、共同で事業をやる話もすすんだ。「この本は私のバイブルです」と言っていた。しかしその後紆余曲折があって共同事業話は歩シャった。彼は弁護士と組んで「サービサー」会社を始め、その後それもやめて日本の病院再生の事業を行っている。米国の投資家の資金でやっているので、少しでも利幅の大きい仕事をめざさざるをえないようだ。その後も不動産の世界での右往左往が続いた。不動産取引の世界で重要なことはできるだけ売主側にしろ買主側にしろ彼らの近くにいないと取引は成立しがたいということだ。ちいさな物件で代理人が買主側に4人、売主側に5人いた事があったが成立しても喜びはなかった。だから私はその後「売り主直」の物件を中心に扱うようになった。麹町の8億円のビルはある宗教団体が買うとしたが結果うまくいかなかった。高輪のビルは某大使館が興味を示したが不成立だった。いずれも「売主直」の物件だった。最大はある宗教団体が持っている京都の山ひとつ90億円という物件だった調整区域で住宅は建てられないという難点があった。これはその教団の日本代表からの話だった。結局不動産の世界は個人的な能力をもった仲介者と大手不動産会社の組織力が拮抗する世界。時にはこの二つは協力するが時には相対する。個人の仲介活動で私にとって伝説的な人が二人いる。ひとりは元財閥系信託銀行の不動産部長だった人で引退後、たったひとりで渋谷近辺の青学の運動場を京都のコンピュータ会社に買わせた。もうひとりは柏駅前のJRの土地を大手スーパーに買わせるのにたったひとりで立案し纏め上げた老人。ひとつの大きな物件に取り組みたった一人で売りと買いを纏め上げた執念と対人折衝力のすばらしさは胸のすく思いだ。推理力、構想力、それとどこへでも飛び込んでいく突破力、それらが求められる世界だ。私もある時、高輪のビルが近く競売になるのをつかんだ。そのビルにはある宗教団体の東京支部があった。48億円前後と見られたが所有者は京都の不動産会社。早速京都へ富んだが所有者となかなか会えない。しかし何回も粘ってやっと事務所の鍵を開け会ってくれた。債権者の闇の勢力のひとりとみなされたようで、パスポートのコピー取らされた。会って任意売却とすることに同意してくれた。ところが話を進めている間に私の協力者と思っていた男が三井不動産に持ち込んでしまった。その男は元首相と懇意を売りにして不動産業界のフィクサーの一人を名乗っている人物で平田篤胤の子孫で神主だった。明らかに裏切行為だが、それも不動産世界の実態だった。私のような不動産業界の駆け出しでも血行面白かった。ハンティングのようなもので大物に出くわすときがあり、腕が震えた。健康に成れば再度チャレンジしたい世界だ。

# by tao-naitan | 2011-11-22 15:37 | 言行録2011 

遠赤外線ブーム

 「バブル」といえば、もうひとつ「遠赤外線問題」も忘れられない。1人の男が私のところに一枚の「セラミックス・ペーパー」を持ち込んできたのが最初だった。彼はその前新宿のトルコ風呂組合の依頼で「ソープランド」への名称変換PRを飛び入りで持ち込んできてPR活動を実施し成功したいきさつがあった。そのペーパーの上に水を乗せると味がマイルドになり、コーヒーもそうだった。またこの水を使って植物を育てると大きく育った。その不思議さに興味を覚え、このセラミックスの素材の問題とかその効果などを研究していった。そうすると傷が早く直り、血行がよくなるなどの健康効果や冷蔵庫で食品の鮮度が長持ちするとかさまざまな効用があることがわかった。そこで早速「遠赤外線セラミックス」の研究会を作り、毎月のようにセミナー:を開催していった。しばらくして「遠赤外線セラミックス」のブームが起こり、TBSTVがセミナーを取材するようになった。そこでベンチャー企業を集め協会を立ち上げた。このころ「熱源がないのに遠赤外線というのはおかしい」という意見がおもに照明学会に属する学者・研究者から起こった。その様子をまたテレビが取材放映するなど事態は過熱してきた。「メカニズムが判らない」というのである。そこで私はメカニズムを解明するため電気大学の量子化学の教室に通い研究した。その結果判ったことは、常温の世界であっても、熱つまり温度があり、つねにその温度から特定の波長を持った光を発しており、その光が水と相互作用することによって「不思議な」現象が現れるということを突き止めた。そしてこれを論文にまとめ、竹橋の日本科学館講堂で開かれた「照明学会」で発表した。いわば敵陣に乗り込んでのことで緊張もしたが面白くもあり、その後照明学会の研究会に何度か招待された。翌年にはシドニーで開かれた国際光学会にパネル発表した。このあたりから通産省が乗り出し大手企業中心の協会を作り始めた。ふるくからこの問題に取り組んでいたいくつかの団体ははしごを外されたかたちとなった。ブーム現象はしばらく続いたが、バブル崩壊とともに企業の取り組みは消えた。私は研究とは別にセラミックスを使った「ソーラーポット」という製品を作り発売した。しかしこれが後に「取り込み詐欺」にかかり会社は倒産した。

# by tao-naitan | 2011-11-21 12:26 | 言行録2011 

バブルの時代

 独立して3人で始めたPR会社だったが、1年もすれば各人の思惑がまったく一致していないことが分かった。それで会社の形はひとつでありながら各人が代表取締役という共同事業体のような形になり、やがて私は事務所も三人でやTっていた表産道から離れて新しく麹町に設けた。某大手商社と財閥系金属会社をクライアントに仕事はピッチが上がってきていた。時代はバブル経済に入っていた。某健康食品会社の社長が真っ赤なキャデラック復刻版を輸入しそのPRのため、大晦日の夜フジTVで放送される「ユーミン」の番組でその車に彼女をのせ撮影するのに一晩中立ち会ったこともあった。またそのころ知り合ったF氏からバブル差ながらの仕事が持ち込まれた。F氏は全国の美容室を顧客とするコンサルト会社を経営していたが、それにあきたらずスイス銀行に保管されているというミケランジェロの「最後の審判」の原画を日本に持ってきて売ろうとしていた。ミケランジェロの「最後の審判」はローマ・システィナ礼拝堂の天井絵として知られれている。しかしミケランジェロは天井絵を描く時、ミニチュア判のまったく同じ絵を描いて拡大していったといわれてあいる。その原画が戦後スイスでえ見つかり20年前には当時の権威7人によって立派な鑑定書もつくられていた。F氏はこれに目をつけ、日本での買い手を捜そうとした。その前に20年前の鑑定書の真贋を明らかにする必要があった。それでF氏と私と通訳が2週間にわたりイタリア各地を調査旅行した。それはかなり贅沢な旅行でベニスでは運河ぞいのクラスホテルに泊まった。ナポリでは美術館長自ら案内してくれた。一般の観客い館内でミケランジェロの素描などつぶさに見る事ができた。鑑定書については多くはすでに故人となっていたが、マリアケルノ博士のみは存命で「真物」を証言した。帰国後F氏は懸命に「板絵」を売ろうとしたが、バブルは終わろうとしておりなかなか売れなかった。そのうちF氏がお金をひきだした先から返済を迫られにげまわるようになった。

# by tao-naitan | 2011-11-20 13:37 | 言行録2011 

仙道本との出合い

 その後種々の職業を遍歴した私はなぜスピリチャルな世界に興味を持つようになっていったか。そのころ私は某大手PR会社にいてエグゼクティブディレクターをまかされていた。最初は金属系の同業団体を受け持っていたが、自分のルートで営業して某大手商社を顧客に加えることができ、新たに通運会社も任された。家庭には二人の子供がいて妻がいた。仕事も順調だった。しかし心の中にその現状に何か満たされぬものがあった。その小さな穴をうめてくれるものをさがしていた。いずれこのままは行かないと言う気がしていた。何か自分だけの世界を探したかった。そのころ日曜日に住んでいた千葉県の某市の大型書店にいったとき、大陸書房から出ていた高藤氏の「仙人に為る法」に出会ったのが最初だった。同じ本屋で後のオウム教の麻原祖師の本がたくさんならべられていたのを覚えている。それから仕事の合間を見ては「呼吸法」「小周天法」と進んでいった。仕事の合間のわずかな合間でひとりで修練できるのでよく、仕事の主流である対人関係で余裕をもって接することができるようになった。酒を飲んだり、マージャン・ゴルフといった酒池肉林の日々の中で、同時に周辺のアラも見えるようになり、30代半ばで同僚3人と独立した。いまから思うとかなり無謀。わか気の至りだったが、会社員ではとうてい経験できない、さまざまな世界や経験をしながら18年間をすごした。しかし「バブル」当時に借りた借金で起こした新商品の事業で「取り込み詐欺」に会い会社はあえなく倒産した。その後も公私ともに紆余曲折の人生に見舞われたが、いつも帰ってくるところは「仙道」であり、それはいまに続いている。たしかに紆余曲折の人生だが、いつでも「わが事において後悔せず」の心境。

# by tao-naitan | 2011-11-19 15:51 | 言行録2011 

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