「完全受身」

もはや5月も半ば。今年の桜は遅かったが、4月初めには例年の通り、千鳥が淵でささやかな花見をした。昨年は東日本大震災でやはり花見は人並みに中止したので、2年ぶりの桜だった。ゴールデンウイークにはせめて話題の東京スカイツリーでも見とかなきゃと思って錦糸町から行く予定が途中から急な雨になって、近くのビルから雨に煙る大きなスカイツリーを眺めて終わりにした。ゴールデンウイークが終わってから、念願の「ボストン美術館展」を上野国立博物館で見た。予想外にすいていたので比較的ゆったりと見て回ることができた。明治初年に「廃仏毀釈」運動がおこり、仏教滅殺の空気の中、多くの日本の仏教美術が米国に渡った。仲立ちをした、岡倉天心やフェノロサなどははたして日本美術の恩人といえるのかどうか。今となっては「ボストン」の国宝級美術品が数多く外国に買われているのを、少し違うのではないかという気がする。日本の仏教側にも近視眼的な見方から「廃仏毀釈」よりも「外国人による買収」に応じるという態度が合ったに違いない。私にとってショックだったのは、奈良時代の「法華堂根本曼荼羅」がボストンにわたっていたことだ。法華堂というのは奈良東大寺の美術品の宝庫。中学生時代東大寺系で学んでいた私は何度も中に入って昼寝もした私の一番好きな御堂だ。そこの「根本曼荼羅」がボストンに行っていた。このショックは大きい。
 さて「仙道修煉」。現在はまず坐忘に入り「法身」を全身に再現する。それからこの「法身」全体が「完全受身」となるよ坐忘する。それを数回繰り返して行う。最後は坐忘とともに、すぐ全身が「完全受身」の状態となるよう保持する。「完全受身」修煉はかって「煉神還虚」の時、上丹田中心に行ってうまくいった修煉だが、それをいまは「法身」全体で行っている。やがて何らかの変化があるだろうという気がする。

# by tao-naitan | 2012-05-09 13:22 | 言行録2012 

煉神還虚と還虚合道

 「煉神還虚」と「還虚合道」の修煉もまた、ある意味多くのなぞに包まれている。伍柳派では基本「煉神還虚」は「出神」の修煉で距離を徐々に伸ばしていく。最初は自分の周辺で歩行訓練。それから同じ区域のスピリチュアルスポットたとえば神田明神とか皇居とかへの日参。と徐々に伸ばしていく。あるいは、家の前の公園で「分身」を四つつくり、それを区域の四方のスピリチュアルスポットに同時に参詣させるなどの修煉を行う。その次は、湯河原のスピリチュアルスポットで龍神とその主人を待ち合わせ、その背にまたがって、遠く吉野山と高野山に参詣し、帰りは富士山近くの山で別れて、自宅まで帰りつく。これは、最初に湯河原のある滝を訪ねた時、友人は頭が痛くなり立てなくなるほどだった。その時上方の社をバックに写真を撮った。そのカメラにはおびただしい数のオーブが映っていたが、その真ん中にひときわ大きな光の球がまるで、出迎えるように映っていた。それ以来、自宅で寝ている時に西洋画の大きな額が右に30センチ飛んでそこにあった花鉢を倒し、左に1メートル飛びそこにあった筆架を倒し、さらに右に2メートル飛んで寝ている私の枕元に落ちた。この額はこの間の東日本大震災の時にもびくともしなかったのだから、これは不可思議な現象だった。その直後大きな蛇が自動改札から出て追いかけてくる夢を見て、次の日から急に肉がしきりに食べたくなった。それ以来湯河原の滝の仙人と龍神とが近づいてきた気がする。なぜかというと、かって役行者が伊豆大島に流された時、毎晩大島から富士山まで来ていたという伝説があり、湯河原やその周辺には平安時代以降修行する人たちの場所が散在していたとみられる。湯河原の滝もその一つで、龍を使役する仙人が見えた。湯河原の海辺で待っていると、龍に乗った仙人が迎えに来てくれ、吉野山・高野山への飛翔に導いてくれた。これは「神遊観」に区別される修煉だと言える。それらは「無為自然」の状態の中で行うので、全く自然に出てくる、「神」(意識)のみの修煉。日常生活から言えばきわめて奇妙なことだが、「脳波」研究の専門家・元日本医大の河野先生に、「出神時の脳波」を測ってもらったら、その時は「デルタ波」が出ていた。河野先生は現在インチキ疑惑が起こっているブラジルの有名な予言者ジュセリーノがホテルの1室で睡眠している時の夢見時の「脳波」を測定したが、睡眠中の脳波は何も変化していないことを発表した脳波測定の第一人者だ。それはともかく「出神」の様々な修煉を繰り返すこと三年を中心に、「面壁九年」を行うのが伍柳派の「煉神還虚」。そして再び「炁穴」に全ての「神」を戻し、ひたすら「神」の修煉を行うのが「還虚合道」だ。

# by tao-naitan | 2012-03-09 10:24 | 言行録2012 

道教内丹法対比 「煉炁化神」4

「千峰派」。千峰派の「煉炁化神」は、内薬を採集し「炁穴」に納め、「河車」を通って、「内丹」を温容し、「大薬」が産れ出て、「嬰児」が形を表すなど9段階にわたる修煉を行います。内薬を採るために体内の左右上下に意識をめぐらし「陽火」を走らせ関を開いていきます。千峰派は清末に始まった新しい派ですが、「陰陽五行」の思想も取り込んでおり、これらの修煉は午、卯、子、酉の刻を期して行います。千峰老人は当時の物理学や医学も研究し修煉に取り入れました。それだけに身体の各部分をいかに使うか、そうするとどういう「験」がどう表れてくるか、微細にわたり記述しています。「内薬」を採集するときは、身体各部に36回「陽火」をめぐらし、24回「退陰符」を回すと、脳の気と神経系統が和合し脳髄に反響して、しきりに「光」が現れるこの「光」が現れると「煉丹」が進み「玄関」が出現するーといった風に詳細に説いています。その後この「内薬」を意守して「舎利子」を産み、これを温容していけば、ある時突然「金光」が出現し「大薬」が生成されてきます。「大薬」を採取するには静かに静坐し参禅することが必要です。「神炁」を丹田に納め、「木座」を肛門のところにあて蓋をします。鼻も竹のピンチで鼻腔をふさぎます。これは「舎利子」が逃げ出ないようにするためです。静かにしていると、「大薬」が肛門から少しずつ出てきます。これを時をおかず、「吸い、舐め、撮」の口訣の通り、督脈に吸い上げ周流させていきます。天頂・泥丸に上げ、今度は鼻梁から任脈に入り、下丹田に納めます。この「大薬」産出は約1週間にわたって昼夜の別なく続き、その都度、「吸い、舐め、撮」を繰り返し督脈・任脈を周流させて下丹田に納めていきます。そして最後に「陽光三現」が現れます。このとき鼻根、淫根、眼根、舌根、意根の「六根」が震動し「舎利子」が活発に動きますが、自然のままに打ちすえます。その後「嬰児顕形」の「験」が現れ、「胎息」となり、「六通」の「験」が徐々に現れてきます。

# by tao-naitan | 2012-02-29 13:16 | 言行録2012 

道教内丹法対比 「煉炁化神」3

「伍柳派」。伍柳派の「煉炁化神」は初関の「煉精化炁」が完成したのちに、「胎仙」を養い、中関の「煉炁化神」に至ります。「煉炁化神」を修煉する人は、少しずつ「陰」の部分を消していき、その分「陽」の部分が増えていく。そして最後には「純陽」となる。「陰」を十分に消し去ったならば、その分十分に「陽」が足りてくる。これが「純陽」だ。純陽となれば、陰睡ということがなくなる。すなわち「胎」が大きく成長し、「神」が大きく成長する。伍柳派の「煉炁化神」は、「神」(意識)の中から、「陰」なる部分を徐々に消し去っていけば、その分「陽」なる部分が「神」(意識)の中で大きくなって、「陰」を完全に消し去った時、「神」(意識)は「純陽」になると説いているのです。それには時間をかけて坐忘を続け「無為自然」の状態を作り出すことが前提となります。精を煉って気に変える「小周天」の丹功が完成すると、「入環」という過渡の段階を経て、気を煉って神に変える大周天の丹法へと入っていきます「小周天」が達成され、「小薬」をさらに300回、督脈・任脈に通しますと「大薬」が発生します。「大周天」では「気」(液体状のキ)を漏らさないことに注意します。「気」(キ)は「精」よりさらに漏れやすいので、大周天では「気」(キ)が散じていま一息のところで失敗する危険もあります。「大周天」の時には人体の「精」と「気」はすべて「キ」(気)に変わってしまっているので、あとは「神」と「キ」(気)の二つの成分が残っているだけです。 「大薬」は「丹母」と呼ばれますが、「採丹」というのは、この「大薬」を採ること。「大薬」が発生して七日間の修練が必要ですが、この期間に「大薬」の採集を行います。 この時、瞑想していると眉間に電光のような光が突然現れ、部屋に白い光が立ち込めます。これが「陽光三現」といわれる現象。これは体内の真陽が完全に集まり、丹田内に「大薬」が生じたことを示しています。また「大薬」が生じる時には「六根震動」(*3)という状態も現れます。こうなったら、「神」を凝らし(意識をかけて)瞑想に入り、日夜目で内視することによって中丹田に意識をかけなければなりません。こうしてすこしずつ「無為」の修練に入っていきます。「大薬」は気体と液体の混ざったエーテル体のようなもので、どろっとしており、肛門や鼻腔から漏れてしまう可能性があります。そのため 「大薬」を採る前には、「漏らさない」ように準備しておきます。まず「饅頭」のような形の木座を準備し上を綿の布で覆います。これによって「肛門」を支えて大薬を通す。また鼻でおこなっていた呼吸が内呼吸に変わるので、木のクリップで鼻孔をはさみ、内気が鼻腔から外へ排泄する危険を防止します。「大薬」を軽く軽く引き上げ、羊が引く車のように尾閭を通過し、夾脊関(背中の窪み)に至ります。「大薬」が夾脊関で阻まれて動かない時には無理に意念で引っ張らないで、「大薬」がまた自然に動く時を待ち、微かに意念をかけて軽く引っ張り、鹿が引く車のように軽快に夾脊関を突き抜けて通り過ぎ、玉沈関(首のつけ根)まで昇っていきます。大薬は玉沈関でまた阻まれて動かなくなると、また牛が引く車 のようにゆっくりと「大薬」が自然と動いて大きな力で玉沈関を衝き開くのを待ちます。 「聖胎」は嬰児とも呼ばれるが、実際に形や質を備えた物ではなく、「神」と「キ」(気)が凝結した物に対する比喩にすぎません。この段階では、まず「神」を「キ」(気)に入れ、それから「神」を「キ」(気)で包み、十カ月の間神が気と一つにして安定させます。これは、ちょうど神と気が交わり子宮に胎児を生み育てているようなので、「養胎」に例えられます。このころのなると(1) 辟穀現象 (2) 昏睡することがなくなる (3) 胎息脈住 (4) 六通の験などが現れ、「煉炁化神」はいよいよ完成の域に入っていきます。

 





  

# by tao-naitan | 2012-02-25 12:21 | 言行録2012 

道教内丹法対比 「煉炁化神」2

 「南派」。 南派の「煉炁化神」はまさに「炁」と「神」を煉合わす手法。「炁」を使って「陽神」を作り上げる。意識は「心」と「腎」の間を行き来して、一田の間に固定しない。「心」と「腎」の間にぼぉーとした茫洋とした集中を行い、元炁はこの二田の「虚境」ではぐくまれ、寂照の意識を保持する中で「元神」は育つ。この時産生するものを南派では「玄珠」と呼びますが、「玄珠」は「元神」に他ならないといえます。訣にいわく「無為にして自然の状態を保てば、炁は全て上丹田に集まる。これ即ち「五気朝元」。この時「炁」は「神」と感じ交わる。こうして「炁」は「神」と化す。これが煉炁化神」。なかなか捉え難いところの多い文言ですが、仙道の行には常について回ります。平明な表現には直せない部分が多いわけで、中国語ができても仙道修煉の表現を理解することはできません。試しにグーグルやエキサイトの中国語訳に「修煉文」を入れても、かえって何のことやらわからなくなるだけです。仙道は「その意味を五感で感じ取り理解できる人だけがついてくる」という態度で平明さを突っぱねてきたように思われます。
 「北派」。北派の「煉炁化神」は上・中・下の三丹田を反照し、まず「飛金晶」を生み出します。さらに三丹田を反照し、金液還丹の現象を生み出します。その後「五気朝元」で陽神の元を作りだします。これらの考え方の基本には「陰陽五行」の法則が基本となっています。もともと「小周天」のルートは丑の刻(午前2時)陽気の生じ始めるこの時刻に「陽龍」と「陰虎」を運んできた肺液(これが金晶)を、脊椎の中を流れる「督脈」を通して尾呂から上丹田へ逆流させる。この逆流を「肘後(ちゅうご)飛金晶」と呼び、これは外丹法になぞらったものです。「金液還丹」は、この「飛金晶」によって上丹田に上昇した金液が、神水となって下降する際に。中丹田から心火を上昇させる技法。これによって粟粒大の丸い金の粒が生じる。この金の粒は金の光を放ち、身体を貫いて光るといわれています。
「東派」。東派の「煉炁化神」は、前段と同じく「大極分陰陽図」「陰陽互蔵図」「壤離交媾図」に示されています。まず第一歩は、「煉炁化神」にあたっては、驕らず高ぶらず、「静」を以って主となす態度が求められます。「大極分陰陽図」には「一炁既判 両儀始分 重為軽根 静為躁君」の四言絶句が掲げられていますが、この文言の通り、静かにして「守一」を抱く態度が求められます。次の「陰陽互蔵図」には「陽中有陰 陰中有陽 西鄰東舎 精炁互蔵」の四言絶句が添えられており、この図の通り「陽中有陰 陰中有陽」を念頭に、「大薬」産生にまで至ります。「心」中にある「元炁」と「腎」中にある「元精」が出会い交わることにより、天地の陰陽の精髄が出くわし「薬」を産します。さらに交媾し凝結して「大薬」を生じます。この「大薬」が出来上がると、最初は強火で熱し、その後中火で温容することで「炁」をして「神」に化せしめることになります。

# by tao-naitan | 2012-02-24 10:46 | 言行録2012 

道教内丹法対比 「煉炁化神」1

  「煉炁化神」はまたの名、「中関」「十月関」「大周天関」といいます。「初関」の「煉精化炁」と異なり、煉る対象は「神」(意識)です。これまで体内で煉り揚げられた「気」は「炁」と化し、この「炁」と「神」を合一して純陽の「神」を煉りあげていきます。これにより身体は「還童」の状態となり、赤ん坊のように外温が体温に反響して、全身が変化してきます。このときまさに人身の「炁」は、天地の「炁」と一体となります。自身の「元神」と「炁」を煉り」あげていけば、「神」と「炁」は結合し、中丹田と下丹田の間に「胎」を結び、これをさらに和合させ、凝集していけば「大丹」が育ってきます。このとき「神」と「炁」が一体となって「大薬」が産出します。「大薬」は体内から肛門に出てくる気体と液体の中間のような存在です。出始めて七日間、時を選ばず体外に出てきます。これを一滴も逃さず、吸い上げて「督脈」「任脈」を通して下丹田に収めます。この時期を「七日得薬」といい、この「大薬」を採薬するには細かい口訣があります。また、「督脈」「任脈」の二脈を使う「煉精化炁」の「小周天」とは違って、この段階では「奇経八脈」全てを使った「大周天」の功法を行い、下丹田を「炉」とし、「黄庭」を「鼎」として、「十月養胎」を行います。
 「鐘呂派」。鐘呂派の「煉炁化神」は「煉気成神」と称します。鐘呂派の「煉気成神」は、今日でいえば比喩的な表現に満ちていて正しく表示することは難しい。「日月」や「龍虎相交わる」といった比喩や陰陽五行の思想のもと、方角と時刻、それに五臓の気の循環が複雑に絡んで内丹プロセスを作り上げています。「煉気成神」の最終的な目標は陰陽の自己の完成にあり、だからこそその陽を成就させる陰を無視することができないと主張。玉液による「還丹」によって、聖胎からは真気が生じる。これ以降のルートは「大周天」を通ることになる。玉液と金液によるこれらの技法の結果、聖胎は完成した純陽の真気となり、身体は練りあげられ金色に輝く。この後、五臓の気が純陽となり、全て上丹田に集まって、大気の中の祖宮に帰っていくのが「五気朝元」。聖胎中の純陽、中丹田の中の真陽、腎中の正陽の三つが上丹田に集まる「三華聚頂」。こういった現象が相次いで現れ、「煉気成神」のプロセスは深まっていきます。

# by tao-naitan | 2012-02-23 11:18 | 言行録2012 

道教内丹法対比 「煉精化炁」4

 「三ボウ派」。三ボウ派の「煉精化炁」は、百日あるいは百余日を要します。冬至の「一陽来復」に合わせて、「元精」を「元炁」と化します。「元気」は尾呂にあり、これを背中の中央を通し、玉枕直上の「泥丸」に収めます。さらに喉、胸の「重楼」を通して「下丹田」に収めます。ここで腎水と心火が相交わり、下丹田に「金丹」が結ばれるのです。このときは欲心を去り、無心にして、丹田を意守することが必要です。
 「伍柳派」。伍柳派の「煉精化炁」は、初関は「命」を修め、中関で「性」を修めます。伍柳派の「煉精化炁」の具体的な過程は「採薬」「封固」「起火」「周天」という過程に沿って進展します。この「小周天」といわれるルートをおよそ三百周もすれば、玄妙な象徴が現れます。これは今日多くの「内丹法」修煉者のよく知るところです。ここで「薬」というのは「精」「気」「神」の三つを指し、この三つを使って一つに纏め凝固することが「内丹法」修煉の目的です。伍柳派はそれまで道教寺院の中で、秘かに小さな一部の集団を対象に伝えられてきた「内丹法」の、ことに修煉のルートや細部を多くの高級官僚や武人・知識人などに明らかにし「内丹法」の革新を行いましたが、それでも「陰陽五行」の説から離れることはできませんでした。「陰陽五行」がいかに中国人にとって、道教にとって不即不離のものであったかということがこのことからも解ります。例えば伍柳派の「煉精化気」では「活子時」という概念を大切にします。「煉精化気」の修煉で体内に陽気 が生まれたら、これを子時といいます。陽気が生まれて盛んになり、活動を始めるわけです が、これは時刻が固定していないので「活子時」といいます。この時には督脈に進め るために、やはり武火で臍下丹田の中の陽気を採取しなくてはなりません。修煉にとっては重要な概念で、その後の進行にも影響してきます。
「千峰派」。千峰派の「煉精化炁」は「生精」「化精」「走精」「煉精」という四段階に分けて考えています。その前提となるのが「開通八脈」です。まず体内の「精」(生精)を、尾呂から吸い上げ督脈を通して天頂に吸い揚げる。さらに任脈に下げて尾呂に至る。次いで尾呂から揚げて「帯脈」へ至るなど、「八脈」を開通させていく方法について詳細に述べた「口訣」があります。それは尾呂に始まって、涌泉に終わる「開通八脈」の手法です。この「開通八脈」後に行う「生精」「化精」「走精」「煉精」の手法についても細かく具体的に述べられております。

# by tao-naitan | 2012-02-15 12:09 | 言行録2012 

道教内丹法対比 「煉精化炁」3

 「東派」。東派の「煉精化炁」は「大極未分之図」に書かれているとおりです、この図には渦巻きのような大気の混沌たる様が描かれています。そして讃には「虚無生一 混沌玄黄 体具未分 中有陰陽」の詩句が掲げられています。「虚無より一気が生じる。この一気が陰陽を生み、太極は陰陽体が未分の形となっている」と説く。そして「陰陽の調和をはかり、人体の中にある玄牝の門の存在を把握することができれば真精をして真気に化すことができる」それが「老子」につながるというのです。
 「西派」。西派の「煉精化炁」は、「外丹法」のやり方になぞらって人体内部で修し「丹」を生することにあります。つまり鉛を煮詰めて水銀を得る「外丹法」。これに倣い、何時間もかけて「小薬」を得る。以後は綿々として「内息」を、自然に任せ、丹田を固守します。その後いわゆる「小周天」ルートを揚げて、「泥丸」(脳)で温容しますが、西派の「煉精化炁」では、「玉液」をさらに練り、心地清涼に保ち、心火を安定させます。この「煉己」の過程を重視し、これを成せば「性体」は光明を放ちます。それがこの過程成功の合図です。
 「中派」。中派の「煉精化炁」は李道純と黄元吉の二人の説では違っています。李道純は「人間の周囲には本来、8つの外薬が存在し、それが陰陽五行の法に従って時時刻刻変化する。8つの外薬をそのちょうど良い時刻(産生時)に修煉して体内に収めると神水となる」と説いています。これが「煉精化気」の初関にあたるというのです。ついでもともと人体の腎の中には元精があるので、これを8つの外薬とともに煉精して「元陽」と成す。この「元陽」の腎を精煉して「気」と化し、この「気」を凝固さして「金丹」が出来上がるという説です。一方黄元吉は「神光が気穴の中を照らし、陰を黙視すれば気の素が生じる。これを温容すると自然に「気」に変わる」と説きます。そして「陰陽五行に従い修煉を続ければ陰は自ずから化し「真息」と合わさって「一気」となり、「真陽」ができる。これが即ち「化気」の徴である」と述べています。いずれにせよ陰陽五行と修煉とが非常に密接に結びついている印象です。

# by tao-naitan | 2012-02-14 10:16 | 言行録2012 

道教内丹法対比 「煉精化炁」2

 「南派」。南派の「煉精化炁」は「採薬」「封固」「煉薬」「上火」の四段階に分けて修煉します。もともと「内丹法」は唐時代に「外丹法」から転じて始まったものです。それまで「外丹法」では、水銀などの毒物を煮詰めて「外薬」として皇帝などに呈上してきました。しかし水銀毒で早死にする人が続出、「外丹法」は廃れていきました。そののち人間の体の内部で「外丹法」と同じやりかたで「薬」(不老長寿の)を得ようとしたのが「内丹法」です。南派の「採薬」「封固」「煉薬」「上火」の四段階に分かれる「煉精化気」の手法は「外丹法」の手法をなぞっています。「外丹法」で重要であった「練り固める」、「薬を煉る」や「火加減」といった手法が踏襲されています。そして外薬がしばしば山中の川辺に産したのに倣い、「内薬は人体の腹部・下丹田に生じる」と考えていました。陳致虚は「人の体は、左足が太陽、右足が太陰。両足の底には湧泉のツボがあるが、ここより水・火の二気を吸い上げ、左は腎堂、右は精府を経て二つの腎で合わせる。両腎の間には重要なポイント・玄牝がある。二つの腎の気は、この玄牝を貫通して、心腹を通り、泥丸(脳)に至る」と、「煉精化気」修煉のルートについて言及しています。同時に泥丸(脳)から下げて下丹田に至るルートについても述べていますが、これは現在知られている「小周天」のルートそのものです。「採薬」「封固」「煉薬」「上火」の四段階について各々詳しく述べていますが暗喩や象徴が多く、その真意を汲みとることは必ずしも容易ではありません。最後の「上火」に関しても、「採薬」し「煉薬」した後に、火をたぎらせ、つぎに小さくして、止める時も工夫が必要と述べ、その時「陽光三現」という光が三回現れる「丹道景象」があり、それが火を止める合図だと言っています。「この陽光三現は煉精化炁がうまくいったという験証」とも言っています。
 「北派」。北派の「煉精化炁」は、人の身体中で「龍虎」が相交わるのだと表現します。北派の秘訣(口訣)では「龍というのは心液のことで正陽の気として体内から上昇してくる。虎というのは腎気の中に存す一真の水。この龍と虎が体内において相交わるとき、キビのような一粒の玉が生じる。これが(薬物)だ。人間の内部では通常子の時には腎気が発生し午の刻に心液が降下するのでこの時を逃さず採薬する。目を閉じ、内観する。」と述べています。体内で「龍虎相対峙して一粒の玉が生じる」。これはまさに誰でも知っている有名な「内経図」の構図そのものです。

# by tao-naitan | 2012-02-13 09:14 | 言行録2012 

道教内丹法対比 「煉精化炁」1

 「煉精化炁」(「気」の字は本来「蒸」の草冠のない字)は、「初関」「百日関」「小周天」と称されます。これは体内の「元精」を練って、「真気」に変換する作業です。「意識」を集中して丹田の中の「元精」を熱く熱します。この時の「火候」(火加減)が大切。それを丹田を通して、督脈・任脈の両脈を通して「周天」させる。これが「小周天」といわれる作業です。このルートは今日では中学生ぐらいでも知っていますが、これは道教の中では長きにわたって秘密とされていたもの。口外すれば破門とされていました。いまから100年ほど前の清初の時代に道教全真教の指導教官だった柳華陽が、道教を離れ、このルートを本に書き図にしようとしたときは、大変な勇気がいったといわれます。そういった苦渋の歴史を秘めている「内丹法」です。軽く考えることは、そういった苦労をしてきた先人・先輩たちに対して失礼なこと。心して取り組みましょう。
 「鐘呂派」。鐘呂派では「煉精化炁」を 「煉形成炁」と呼びます。鐘離権は「腎中に生気あり、気中に真一の水あり、この水を使い下丹田を鍛練する」という意味のことを述べています。この「気中にある真一の水を鍛練すれば正陽の気が生じる」といいます。抽象的で「真一の水」を実感できなければ。この修煉はそれまでですが、当時の道士は鐘離権の真意を必死にくみ取り、修煉したに違いありません。同様に、陰陽五行の法にのっとって細かく規定された昼夜の時間帯に修練しました。「気を生じた後、気液を身体に周回させれば、子午の刻に陰陽が生じ、酉の刻に陰陽が停止する」というのです。そして「腎気と心気を交わらせ、気中に真一の水を蔵して、胎をはらみトウモロコシの粒ほどの玉を生じる。これを温容すれば、気は変じて精となる。精は気体の混じった液体に変じ「金丹」となっていく」と説いています。「温容百日の後、火加減を工夫して周天。身体中の陰なる部分は純陽となり、やがて(金丹)となる」といいいます。鐘離権と並ぶもうひとりの宗祖・呂祖も「回光は魂を練る所以なり。すなわち神を保ち、魄を保つ所以。すなわち識を断つ所以。回光とは陰を消し、魄を制するための秘訣。ただこの方法を守れば精水は充足し、神火を発生し、意土は固まりて、聖胎は結ぶ」と「太乙金華宗旨」の中で述べています。
 

# by tao-naitan | 2012-02-11 10:04 | 言行録2012 

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